穏やかな毎日を過ごしたい

目次

人生はあっという間?

生を授かり、43年。

あっという間に時は過ぎ・・・

高知の田舎で育ち、田んぼや川、海と自然の中で遊んで育ってきた私は、

高校卒業後はどうしても都会に出たいという田舎あるあるの発想で、大阪の大学へ。

満員電車、人の多さなどを目の当たりにしながら、なんでも手に入る都会での生活を堪能してた。

何度USJに行ったことだろう?

京都が近かったので、よく買い物にも。

大学卒業後は実家に戻り、地元で就職した。

特にやりたいこともなかった私は周りがすすめるまま、レストランでのホールスタッフ、

新たに出来る公営競技の仕事、カフェのホールスタッフに従事する。

ずっと土日は休みのない仕事に就いていたため、土日休みの仕事に就きたいと思い、事務職を探すことにした。

ハローワークに行くと、担当者に

「事務経験が一切ないのなら、採用は難しいよ。」と現実を突きつけられる。

(あっ、そっか、未経験だもんね、確かに戦力外か。。。。)

どうする?

私はない頭で、派遣社員の仕事なら雇ってくれるかも?と思い、ある派遣会社に登録する。

そこから、ある派遣先への仕事が決まった。(ここでいい経験を存分にさせてもらえた)

ここでのことはまた改めて話すとして・・・

その後も私は何度も転職した。

履歴書に書ききれなくなるほど(笑)

なぜ、そこまで転職したのか?転職したくてしたわけではなく、

いま思えば…

自分の好きなこと・やりたいこと・やりがいを常に探している人間だった。

出来る」と「やりたい」は違う!

常に思う。でも、若いころは分からなかった…

出来ることが「やりがい」なのかと思っていた。

この年齢になって、出来ること、要領よくできることとやりたいこと・天職はまた違うと思う。

いろいろ仕事をやってきたから、わかる。

私はずーっと自分の居場所を探していたんだと思う。

\自分が輝ける場所を?/

昔々の話。

私の両親は公務員、物心がついたころから常に安定した仕事をするべきだと言われてきた。

親も安定した職業についてるが故に、フリーランスや自営業などはもってのほかみたいな考えだった。

今思えば、不安定な、苦労するかもしれない職業には就かせたくなかったのだと思う。

私は大学進学時、将来有望な職業を提案された。(私の意見や考えは聞いてもらえなかった)

自分がやりたいと思うことはできないんだなと諦めつつも、高校時代はすごく悩んだ。

友だちは好きなことをしたいと進学するのに…なんで?私は。。。。

高校時代の私は、ファッション関係の仕事、特にパタンナーの仕事に憧れていた、

一から物を作る、洋服の成型、技術を身につけたかった、

手に職をまでは思ってはいなかったが、子供の時から物を作ることが好きだった。

今、つめのお手入れを専門とするケアリストの仕事に就いている。

それまでにも土木業の監督職もやった。

なにもない場所から新たな建造物、物ができるのが何より楽しかった。

特に道路は好きだった。

それは、小さい時から地図や道を覚えることが好きだったことが所以かもしれない。

カーナビより私のナビの方が正確では?と思っていた。(調子乗りすぎだよね(笑))

でも、いろいろ経験してきて、

出来ることとやりたいことは違うと思ったし、やりたいことをやると決めることで人は輝けるんだと知った。

なぜなら?

今の仕事が何より楽しい。

・お客様と話しているとき

・悩みを聞いているとき

・悩みが解決してお客様が笑顔になった瞬間

兎にも角にも、何より楽しく、幸せな瞬間だ。

疲れない、いくらでもやれるな~と思ってしまう。

いつまでこの仕事ができるのか分からないけど、自分がやりたいことをやれたら幸せじゃないかな。

いろんなものが溢れすぎた時代、みんなそんなことを望んでいるのでは?と思う日々です。

いつも読んでくれてありがとう。

目次